2019年3月5日火曜日

館山城公園散策/2月例会

 

館山道市原パーキングを過ぎたあたりから粉雪が舞い始め、生憎の空模様のなかの館山城公園散策となりました。参加者11名。先月の例会初参加の大津さん、ほとんど歩けなかったことを反省し、ウオーキングの練習に励んで今回に臨みました。自信が付きウォーキング協議会に加入しました。
 まずは標高68.5mの館山城に向かって「椿の径」の坂道を登り梅園に。頂上にある公園の魅力は「梅園」に併設した「万葉の径」である。ここでは、万葉の人々が、どのような暮らしをしてどのような草花に心を通わせていたかを植物100種が和歌と共に紹介されています。万葉集に登場する植物はおよそ160種類ですから充実した散策路と言えます。
表示札の一つに山上憶良の「萩の花尾花葛花なでしこの花をみなえしまた藤袴朝顔の花」があり万葉の人々が愛でた秋の七草に思いをはせることができました。
梅園の梅を鑑賞した後館山城へ。
 館山城は東京湾が眼下に広がり、遠くには富士山の姿を望む市民には人気のある公園です。館山城は1950年(天正8年)、里見義頼によって築城。里見氏は三浦半島から東京湾を船で安房国に渡り、房州白浜の野島崎に着き、房総里見氏の活動が始まります。戦国時代には千葉氏と房総を二分して勢力を競いました。大名にまでのし上がった里見氏だが、江戸時代、東京湾入口を押さえることができる力に脅威を感じた幕府は国替えをさせ没落させました。
なお、帰りに車中から見た「鶴ケ谷八幡宮」は里見氏歴代の鎌倉に進出したいという目標によって造られ、鎌倉の「鶴岡八幡宮」を模した神社である。




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